日本の広告企業は女子を採用しなかった

スペシャルインタビューの第4弾は、「ある女性広告人の告白」の著書で、外資系広告代理店の副社長をご経験され、カンヌCMフェスティバルを初数々広告賞を受賞されたクリエイティブディレクター小池玲子氏のインタビューを3ヶ月にわたり掲載します。

第1話

日本の広告会社は女子を採用しなかった

岩本

いままでの就職活動で外資系の広告会社に何社か行かれたということですが、どういう企業にどういう順番で行かれたのですか?

小池

日本の代理店がどこも採ってくれなかったので、最初は高島屋の宣伝部に勤めていました。
でも、やはり広告がやりたくていろいろと探していましたら、マッキャンとトンプソンから声がかかりまして。
マッキャンはコカ・コーラ関係ということで試験を受けましたが、1カ月以上待ったけど、給料のことで折合いがつかなくて……。(笑)
トンプソンはデビアスということで、テレビコマーシャルと新聞広告の課題を出されたので、プレゼンをしたところ、ちょっと待っていましたら、5分後に来てくださいと言われまして。 その態度がスムーズだったものですから、良いなあと思って決めました。

岩本

何年ぐらいお勤めになったのですか?

小池

デビアスの仕事は22年間です。

岩本

22年間も!めいっぱいデビアスの仕事をされたのですね。

小池

そうですね。  
あと社外活動として、IWSといって羊毛事務局の、いま多摩大の先生をしていらっしゃる中島祥文さんがやっていた後を継いだり、仕事に関してもデビアスだけではなくて、 ラックススーパーリッチのブルック・シールズのコマーシャルをやったり、5社競合でしたが、ハーゲンダッツもやりました。

岩本

ハーゲンダッツは、とれたのですね。

小池

はい、とれました。

岩本

ハーゲンダッツは、何年間ぐらいやられたのですか?

小池

私が辞めるまでやりましたから、7年か8年ほどだったと思います。もっとやったかな。
スタートはデビアスでしたが、自分のグループを持ちますと、いろいろなことをしなければいけなくなってきて…。

岩本

並行してやられたということですか?

小池

そうですね。デビアスと一緒にリーバとかケロッグをやりました。あと、もうなくなってしまいましたが、若いころはパンナムの仕事をしたり、辞めるころにはノースウエストの仕事をしました。あと、セーラムというたばことか、あらゆるものをやりました。

岩本

たばこは今、規制があるから広告ができませんが、一時、セーラムはすごく広告を打っていましたよね。

小池

一時はすごかったですね。すごく売れていました。セーラムの広告を手伝いましたが、その時の取り扱いは30億でしたから……。

岩本

その後、セーラムはどうなったのですか?

小池

マッキャンのほうへ行ってしまいました。 あと、エッソ石油もやりました。エッソは結構楽しいコマーシャルでした。

岩本

外資系企業の広告をいろいろやられたわけですね。

小池

そうですね。最後は全部を見るというかたちになっていましたから。

岩本

チームというか、部署でクリエイティブディレクターの方を指導されていたのですか?

小池

はい、指導していました。

岩本

最初トンプソンに行って、そのあとは?

小池

取締役になって5、6年してから、別の外資へ。その頃、結構大きかったノースウエストに変化がありまして……。
外資は世界中でアライアンスを変えます。私は全然知らなかったのですが、フット・コーン・ベルディングと言って、アメリカでは電通みたいなナンバーワンの会社へノースが移ってしまったのです。ところがフット・コーン・ベルディングは日本にない。急いで日本に現地法人をつくったけれど、ノースの人に、心配だから一緒に移ってくれと言われて、それで営業でコンビを組んでいた女性と一緒に移りました。

岩本

一緒に動いたのですか?

小池

はい。そのころトンプソンの中も政治的な問題とかあってガタガタしていまして、私もちょっといやだなと思っていました。
そうしたら、エッソが10億で、セーラムが30億かな、売り上げが落ちたのです。大手クライアントの売り上げが落ちると、全然違う要因ですが、何かというとクリエイティブのせいにされるわけです。クリエイティブが悪かったからだと。
それでフット・コーン・ベルディングに移って、ノースをとって、
とるしかないのでネスレをとって、ペリエとかニッテルとかもプレゼンをしてとりました。

岩本

ほとんど自主プレゼンみたいな感じですか?

小池

ええ、もう本当に。それからSCジョソンとか、どんどん広げていって。

岩本

著名なところをみんなやっている感じですね。

小池

そうですね。その頃の外資系のさまざまな事情も関係していたいと思います。
フット・コーン・ベルディングはアメリカナンバーワン、パブリシスはヨーロッパナンバーワンの広告代理店ですが、この2社をはじめいろいろな外資系企業でさまざまな思惑がありまして。それでフット・コーン・ベルディングに呼ばれることになりました。

岩本

トンプソンを辞めたあと、後半は結構バタバタしていましたね。

小池

そうですね。トンプソンを辞める時はもう辞められないかと思いました。フット・コーンからは早く来てくれと言われていたので、5月20日に社長に一方的に辞めますと言いました。その時、有休が60日間あったのですが、休んでいられない。もう辞めますと言って5月31日に辞めて、6月1日から次の会社へ行きました。

岩本

有休は1日もとってない。

小池

とっていませんね。(笑)

岩本

それぐらい急がれていたのですね。

小池

そうでしたね。テレビは作り始めてしまっているし、「どうする。どうする。」という感じでした。  
フット・コーン・ベルディングというのはアメリカがメインですから、日本に派遣された人は焦っているというか…。日本に行っていたら出世に遅れてしまうと……。

岩本

本社では優秀な順から選んでいって、下の方の人から日本へ行く。外資系の場合、そういう話は私もよく聞きますね。

小池

そうですよね。だからCD(クリエイティブディレクター)なども、あとから来たCDは日本人で日本三世だけど、日本語は一言もしゃべれない。
隅のほうにいた彼が急に、「おまえ、行け!!」と言われて来たそうです。
軽んじられているんですよね。
日本の大手広告代理店も同じです。日本では業績が良くても、アメリカではずっと赤字の垂れ流しで、ヨーロッパも全然だめ。それと同じです。
フット・コーンも巨大ですから、よその国なんていやだよという感じでしたね。

岩本

力も入れてない。

小池

しょうがないから、大事なクライアントのひとつである、SCジョンソンが怒るから、ジョソンがあるからというだけでしたね。
だから、来る社長、来る社長、変わった社長ばかりでした。
挙げ句の果てに最後に来たのが、ヨーロッパで13社ぐらい外資を回ってきた日本人でした。世の中にはそういう人がいるんですね。しゃべるのはうまくて、ヨーロッパでどんどん移っていって、マッキャンでも辞めるといって送別会をしてもらったのに「給料が上がったら辞めない」とか言って、そういうことを2度ぐらい繰り返すような人です。
その人とも合わなかった。ちょうどトップが変わるというので、それでパブリシスに移りました。  
最初は4人ぐらいしかいなくて、アサツーさんからオフィスを借りて、またそこでネッスルを取ったり、ランコムとかルノーも取って、博報堂と一緒になって電通と戦って増やしていきました。

岩本

そこには何年ぐらい、いらっしゃったのですか?

小池

8年いました。

岩本

またさらに8年いらっしゃったのですね。

小池

フット・コーンに5年いて、そのあと8年いましたね。

岩本

独立されたのはそのあとですか?

小池

はい、そうです。

岩本

独立される理由は何だったのですか?

小池

私は何回も独立しようと思ったのですが、テレビとかで予算を多く使える仕事ができたので……。
デビアスなどは何本もテレビを作らせてくれました。広告担当のお偉いさんから、“おまえ、今年は5本作って、2本はいいけど3本は失敗だったなあ”という感じで、すごく懐の広い方で、余裕をもって仕事ができましたね。

岩本

予算もあるし。

小池

1本作るのに1億ぐらい使ったりして。
パブリシスの時も、UBSなどは洋画シリーズというのをやりまして1億5000万ぐらい使ったでしょうか。  

ただ、フランスの広告代理店は難しいですね。アメリカのように企業がいっぱいあって、本社から流れる仕事がたくさん来るというのではなくて、常にほかの国を開拓していかなければいけない。

岩本

新規で!

小池

ええ。しかもフランスとドイツはものすごく仲が悪い。フランスとイギリスも仲が悪い。それにフランス人は戦略とかそういうのがものすごく複雑でめちゃめちゃです。

岩本

そうですか。

小池

その人だけがわかっているという感じです。私はいままでアメリカとイギリスの戦略で育ってきましたが、フランスと比べて、ものすごくシンプルですよ。

岩本

明確なわけですね。

小池

ええ。それに、フランス人は東京のコントロールも下手です。日本語はしゃべれるけど、いまいちなアメリカ人を社長にしたり、見る目がないですね。そういう意味でもこれはちょっとだめだなと思って、パブリシスを辞めました。

岩本

辞めて外資のどこかへ行くというのではなくて、もう自分でやってみようと……。

小池

外人はもうたくさん、って思いました。(笑)

岩本

それだけいろいろな外資系の会社を経験している方はいらっしゃらないから、すごい経験だなあと思います。


< まずクリエイティブブリーフを提出 >

岩本

わが社もクリエイティブブリーフについて勉強させていただきまして、非常にいいものだと思いました。
会社でも浸透しています。

クライアントとの意識合わせをする時は特にいいと思いました。
外資系だからこそクリエイティブブリーフは大事だという感じですか?

小池

そうですね。日本とは感覚が全然違います。

日本の場合、お月様というと十五夜とか三日月とか、色も黄色ですけれど、他の国では赤い月を思う人もいる。
それから夏の朝というと、日本だとブルー系の、霞があって、さわやかという感じですが、ケロッグの場合、朝はニワトリが鳴いて、オレンジで、と言われました。
 
アメリカやイギリスの場合、植民地経営をやってきて、いかにその人たちとコミュニケーションしていくか。
アメリカなどは特にそうですね。例えば黒い皿を出された時、お茶を受けるものだなという共通認識がないと、インド人は違うふうに思うし、ブラジルの人や日本人も違うふうに思う。
そういうふうな意思の疎通がまず大切ですね。

岩本

何か言語化したものを言ってもイメージするものが違ったりするわけですね。

小池

そうなんです。だから、ものすごくシンプルで、読んだらわかる。シンプルだけど、わかりやすいもの。

岩本

それがすごく大事だと。

小池

はい。

岩本

勉強会の時に教えていただいたクリエイティブブリーフですが、全部で9項目(※)あります。トンプソンの初期の段階からこういったものを使われていたのですか?

小池

トンプソンの場合はちょっと違ったものでした。
最初はTプランというのがありまして、その次にトンプソン・ウェイという考え方があります。トンプソン・ウェイとしてクリエイティブの考え方をまとめたのです。
考え方というのがとても厚いですね。

岩本

トンプソン・ウェイというのはマニュアルみたいなものですか?

小池

はい、マニュアルです。
クリエイティブブリーフも入っているし、マーケティングも入っている。その中に媒介についてどうなのかとか、細かく細かく書いてあります。そのトンプソン・ウェイの中にクリエイティブブリーフを作らなければいけないというのがあります。

岩本

書いてある?

小池

ええ、作り方とかそういうものが。
会社が全社員を集めて何回も何回も勉強会を開いて、考え方をたたき込まれます。

岩本

それは新人教育みたいなものですか?

小池

いや、一緒、全員です。

岩本

毎年必ず行われるものですか?

小池

そうです。それまではいい加減な、メモとかでやっていましたが、全社でやらなくてはいけないとなった時に、ストラテジック・プランニングの部署の戦略部門が中心になって、こうだということを勉強していきます。

岩本

トンプソン・ウェイというのは、その時にできたばっかりだったのですか? それとも前からあったのですか?

小池

外資というのは時代に合わせて少しずつ考え方を変えますが、ちょうどその時だったのです。

岩本

だから、なおさらみんなとシェアしていったわけですね。

小池

ええ。今やっているかどうか知りませんが、トンプソンは年に1回、サム・ミークセミナーとジェームス・ウェッブ・ヤングセミナーというのがありまして。

岩本

ああ、あのジェームス・ウェッブ・ヤングですね。

小池

選ばれた人たちが伊豆の修善寺などで合宿します。
グループをつくって、グループ同士が課題を与えられて戦います。まずゲームから始まって、寝る間もないほどやり合って、最後の日にヨレヨレになりながらプレゼンテーションをして、ナンバーワンを決めます。

岩本

何か賞品はありますか?

小池

ありますよ。

岩本

鍛えられますし、それはおもしろいですね。

小池

すごくおもしろいですよ。  
ジェームス・ウェッブ・ヤングとサム・ミークには地域版がありまして、日本の国内だけでやるのもあるし、シンガポールで東南アジアの人たちが集まったり、もうちょっと上級になるとアメリカのほうで集まったりというのもあります。
トンプソン本社の中での教育部門がしっかりしていまして、特にイギリスとアメリカの人たちのキャリアのある人が教育部門にいて、いろんな企画・運営をしています。
例えば、いつ、どういう課題を出してどうふうに行うのか。アジア地域では何月何日、この国から集まって、何をするのか。ヨーロッパやアメリカでは…。というふうにしてセミナーをやっていきます。年に1回ですから、10年やると中級や副社長になる候補者みたいなものとか……。

岩本

ある種、社内イベントみたいなものですね。しかも教育しながらやる。すごく参考になります。  
トンプソン・ウェイの中にある、先ほどおっしゃったTプランというのはいったい何なのですか?

小池

Tプランというのも、最終的にはアイデアをどう引き出すかという考え方です。トンプソン・ウェイの考え方、トンプソン・ウェイの肝は、今どこにいるか、どうしてそこにいるかというところから始まって、クリエイティブを考えていきます。

外資の広告代理店はメディアよりもよいクリエイティブをつくらなければならない。
これが命ですから、最終目的はいいアイデアをつくるというところに全部かかってきます。
いいアイデアをつくるにはどう考えたらいいか。それがトンプソン・ウェイだったり、Tプランだったりするわけです。全部アイデアにかかってきます。

岩本

トンプソン・ウェイとTプランの関係がわからないのですが。

小池

Tプランでやっていて、すごくドライな部分があって、ずっと考えていた人がTプランはここがまずいからトンプソン・ウェイという大々的なものに変えようと。そういうふうに思考の方式が変わってきました。  
Tプランはいろいろ問題があるから、トンプソン・ウェイにしましょうと。イギリスのストラテジックな人たちが集まって、1年ぐらいかけて考えていって、じゃあ、トンプソン・ウェイにしようといってやるわけです。

岩本

Tプランというのは、トンプソンだけが使っているものではないのですか?

小池

いえいえ、トンプソンだけです。

岩本

いままであったものに、よりブラッシュアップしたもの?

小池

ブラッシュアップしたものです。

岩本

ちょうどそのころ小池さんが入社したのですか?

小池

いえいえ。私が入社したころではないですね。
ちょうどグループヘッドになった頃にそれがありました。今は何とも思っていないのですが、その頃は考え方とかがよくわからなくて、エーッとか思っていたら、玲子がわからないみたいと、みんなにからかわれまして。なにしろ教えなければならない立場に引っ張り出されてしまって、一生懸命読んで説明しました。

岩本

やればやるほどいいものだな、ということで浸透していったわけですか?

小池

はい、そうですね。トンプソンはまた考え方を変えたらしいのですが、私の知り合いはみんな、こういう考え方が一番いいからって、いろいろなところに行って使っています。

岩本

トンプソンをお辞めになってからフット・コーン・ベルディングに行かれましたが、そこでも当然あったわけですよね。

小池

ありました。

岩本

違いもありますか。

小池

あります。マッキャンをはじめ、それぞれがみんな全部違いますね。

岩本

いま教えていただいているものは、小池さんが長年にわたって活用していて、これが一番いいだろうという落とし込んだものですか?

小池

そうですね。パブリシスでもありましたし、考え方は同じですけど、違いとして、その商品が消費者にどう思われているかとか、そういうふうなすごく複雑なところがありますね。
トンプソン・ウェイのいいところは、ターゲットが感じている本音を知らなければいけない、ということです。

岩本

いわゆるインサイトというやつですね。

小池

そうです。私たちが欲しいのは、広告の結果から得られるターゲット、反応です。こういう反応が欲しいから、どんなものを見つければいいのか。そこらへんの刺激と反応というところが一番シンプルでわかりやすいと思います。三つの会社にいましたが、やはりこれが一番いいなあと。

岩本

このクリエイティブブリーフはトンプソンのものなのですか?

小池

そっくりではないです。

岩本

そのあといろいろ経験されて、凝縮してシンプルにしたわけですか?

小池

そうですね。



※クリエイティブブリーフ
クリエイティブを作るために揺るぎない指針を最もシンプルに出してくれる9つの要素。


■広告主【     】
■商品名【     】

1)広告をする商品の競合状況【     】
2)競合商品に対する優位性【     】
3)広告の目的【     】
4)ターゲット【     】
5)ターゲットが感じている本音【     】
6)広告の結果、期待するターゲットの反応【     】
7)広告が訴える最も大切な提案【     】
8)トーン&マナー【     】
9)その他の留意点【     】



※このインタビューは、2008年8月に実施しています。


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